シンガポールの友人が亡くなった、その時僕は何もできなかった。

わさび

シンガポール国立大に留学している、わさび (@WabiSabi_Hack)です。

僕はシンガポール国立大学の寮に住んでいます。

僕が住む寮は「ハウス」と呼ばれる5つの所属に振り分けられ生活を共にしています。

僕が所属する「ハウス」は、8階から11階までです。

僕は9階に住んでいます。

昨夜11階に住むシンガポール人の友人が亡くなりました。

深夜1時30分

昨夜、僕は課題をやっていました。

本来みなが寝静まる時間である1時30分、僕の部屋のドアはドンドンとノックされます。

すると、そこには「ハウス」の管理委員が立っていました。

「今すぐに、ラウンジに集まってください」

そう言い残して、隣の部屋をノックしに行きました。

こんな時間に何だろうとは思いながらも、深刻そうな面持ちに妙な胸騒ぎがしました。

深夜2時

「ハウス」のメンバーが集められ、全てを管轄する教授が入ってきます。

すでに目を赤くした彼女がゆっくりと口を開きます。

その瞬間全ての音が止み、時が止まったような感覚でした。

「悲しい事故があり、私たちの「家族」が巻き込まれました。」

「2人は軽傷、1人は重傷で現在手術中です。」

「そして、1人が亡くなりました。」

周りが息を呑む音が聞こえます。

そして亡くなった友人の名前が言われた瞬間、わっと泣き出す人の声が聞こえてきます。

寮長やカウンセラーが入ってきて、今日はラウンジを朝まで開放し悲しみを分かち合う場にすると告げました。

深夜3時

彼女とは、何度か話したことがある程度でした。

ルームメイトと仲がよく、確か半年ほど前に紹介してもらった気がします。

笑顔が象徴的な彼女でしたが、僕は彼女のことをよく知りません。

「2階上に住む友人」が亡くなり、僕はひどく混乱していました。

「ハウス」は僕の留学に置いて、もっとも密接なコミュニティです。

長年生活を共にした友人が、喪失感に打ちひしがれるなか、僕は周りにどう接すれば良いのか分かりません。

「死」という言葉が頭から離れない。

混乱しながら、僕はその日眠りにつきました。

翌日の朝

ルームメイトから、お通夜に誘われました。

僕はじっくり考えて、「行かない」と言いました。

僕は彼女をよく知りません。

でも話したことはあるし、何より同じハウスの「家族」です。

2フロア違いで生活を共にする友人です。

僕がお通夜に言っても、嗚咽しながら彼女の死を悲しむルームメイトとは同じ気持ちで悲しむことができないでしょう。

「ごめん」と一言伝え、別れました。

現在

事件の全貌が少し明らかになりました。

タクシーに乗った友人たちが、信号を無視した車に衝突されたようです。

直接衝突された彼女の身体は車体から部分的に放り出されていました。

夢中に事故当日の動画を何度も再生しました。

何だかやるせない気持ちがします。

治安が良いとか最先端とか言われているこの国にいたって、いつ命を落とすか分からない。

今は寮全体が悲しみに包まれています。

「彼女の死」も勿論のこと、悲しみに打ちひしがれる友人たちにどう声をかけたら良いのだろうか。

きっと、僕には何もできません。

その無力感に「生きる」ということについて、深く考えさせられます。

あとがき

このブログは僕のライフログでもあります。

人の死を公開された場所に書く資格なんてあるのだろうかと考えました。

でも日々平和に生きている中で、「あたりまえ」だと思ってはいけないことを考える切っ掛けになるだろうし、僕はこの複雑な感情を忘れたくありません。

最後に、お通夜に行くことはできないから。

留学生で友達が少なく不安な僕に優しく話しかけてくれて、ありがとう。

その時のあなたの笑顔を今でも覚えています。

ご冥福をお祈りします。

2018年4月20日